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佐賀地方裁判所 昭和23年(行)5号 判決

原告

大屋貞之

被告

牛津町農地委員會

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負擔とする。

請求の趣旨

(1)被告が昭和二十二年十月二十二日爲した佐賀縣小城郡牛津町大字勝宇黒木壹參〇壹番イ田一畝十七歩右同所壹參〇貳番ノ貳田六畝十四歩右同所壹參〇貳番ノ五畑二十七歩右同所壹參〇貳番ノ六田一畝十二歩の土地は訴外香月今朝吉が耕作するのを至當と認める旨の決定及び(2)被告が昭和二十三年三月十九日爲した前同所壹參〇貳番ノ三畑二畝十八歩の土地は右訴外人が耕作するのを至當と認める旨の決定は各之を取消す旨の判決を求める。

事實

原告は、前記請求の趣旨記載の土地は原告の實父亡大坪作一が約二十數年前より訴外香月今朝吉に賃貸して耕作させてゐたがその後原告は右作一より右土地の所有權の讓渡を受けてその賃貸人たる地位を承繼したものである。原告は昭和二十年九月頃右土地を自作する目的を以て訴外香月今朝吉に對し前記賃貸借契約の合意解約を申入れたところ香月今朝吉は之を承諾し昭和二十一年五、六月頃右土地を原告に返還したので原告は同年度稻作より右土地を自作してきた。ところが香月は昭和二十二年六月頃被告農地委員會に對して右賃貸借の解除は不法であると主張して右土地の反還を求むる旨申出でたところ被告農地委員會は右解除は地主たる原告が不法に小作人より土地を取上げたものであると認定して昭和二十二年十月二十二日請求の趣旨(1)記載の土地に付て、昭和二十三年三月十九日請求の趣旨(2)記載の土地に付て、各小作人たる香月今朝吉が耕作するのを至當と認めるから原告は右土地を香月に返還されない旨の決定をしたので原告は右決定に從つて(1)(2)の土地を香月に返還した然しながら本件賃貸借の解除は適法になされしかも一度原告に於て返還を受け自作してきたものを再び香月に返還させた被告農地委員會の右決定は明に違法な處分であるから右各決定の取消を求めるため本訴に及んだと陳述した。被告は「原告の請求を棄却する」との判決を求め、答辯として訴外香月今朝吉が原告主張の本件土地を原告より賃借し耕作してきた事實右香月が昭和二十二年六月頃被告農地委員會に對して本件土地に關する原告主張のような申出をした事實、被告農地委員會はこの申出に基き昭和二十二年十月二十二日及び昭和二十三年三月十九日原告主張のような決定をしたことは各之を認めるがその餘の事實は之を爭ふ。

被告農地委員會の調査に依れば本件農地は訴外香月今朝吉が數十年前より原告の祖母大坪ツナより賃借し小作してきたものであるが昭和二十年九月頃新聞紙上に第一次農地改革が發表せられるや原告の養父たる大屋長太郞は小作人香月に對し地主の壓力によつて強引に本件農地を取上げたもので右土地の取上は原告主張のような合意解除によるものではなく又原告の主張する本件賃貸借の解除は農地調整法による市町村農地委員會の承認を得てゐないから法律上無効である。被告は前記各日時に農地委員會を開催し本件農地に付て原告の自作を相當とする場合其の他正當の事由があるかどうかを審議したのであるが原告の農産物供出の状況を見ても昭和二十二年度産米に付ては割當量の九十四パーセントで殘りの六パーセントは部落の應援を受けて漸く供出を遂げた事情(昭和二十三年度の産麥に付ても町全體としては百パーセント供出完遂してゐるのに原告は八十三パーセント供出しただけで殘り十七パーセントは供出不能の状能である)で賃貸人たる原告が本件農地を自作したとしても農地の生産が增大するとは認められず又原告と香月との耕作面積家族人員等を比照すると本件農地を原告に取上げられゝば小作人香月はその生活に相當の支障を來すものと認められその他諸般の情況に照し原告の自作を不相當と認めたので原告主張のような前記決定をしたものであつて被告は農地調整法第九條第三項に基き同法及び同法施行令等の規定に則つて決定したものであるからその決定は毫も違法ではない。從つて原告の請求は失當であるから棄却せらるべきものであると陳述した。

理由

辯論の全趣旨によれば本訴に於て原告の主張するところは原告主張の日時に被告農地委員會が原告のした本件賃貸借の解除を不法とし賃借人たる香月今朝吉が耕作するのを相當と認めると決議したのは原告の權利を侵害する行政處分をしたものというべきであるから之が取消を求めるというに在るので右農地委員會の決議が果して行政訴訟に於て取消の對象となる行政行爲に該當するかどうかを判斷すると(一)昭和二十一年法律第四十二號(農地調整法の一部を改正する法律)附則第三項同年勅令第五百五十五號同第五百五十六號同年政令第二百二十四號第三項昭和二十二年法律第二百四十號(農地調整法の一部を改正する法律)附則第六條昭和二十三年政令第三十五號附則第二條によつて昭和二十一年十一月二十二日より昭和二十三年十二月三十一日までは農地調整法第九條第三項の規定中「市町村農地委員會の承認」とあるのは「都道府縣知事の許可」と讀み替へるものとされたから賃貸借解除についての許可不許可は都道府縣知事の權限に屬し市町村農地委員會の權限に屬するものではないことは極めて明白なところである本件決議の全趣旨からみて被告農地委員會が右決議に於て知事の權限に屬する右許可不許可の決定をしたものとは解し難い。(二)次に前記昭和二十二年法律第二百四十號附則第三條によれば昭和二十年十一月二十三日現在に於ける農地の賃貸人で同日以後第九條第三項の改正規定施行の日に賃貸借の解除解約更新の拒絶に因つて當該農地の賃借人でなくなつたものは市町村農地委員會の承認を受けて當該農地につき賃貸借契約を締結に關し協議を求めることができ協議が調わなかつたり協議ができないときは市町村農地委員會の裁定を申請することができるのであるが本件被告委員會の決議が右規定に基く市町村農地委員會の承認や裁定をしたものでないことは同法律が昭和二十二年十二月二十六日の施行で右決議の内第一囘の分は右法律施行前に爲されたものであり第二囘の分はその再審議の決議であることは、右決議の全趣旨からみて明かなところである。(三)尤も農地調整法第十五條同法施行令第十四條により市町村農地委員會が處理することができる事項中には小作關係相隣關係その他農地の利用關係に關する斡旋及び爭議の防止という事項が含まれているのであつて本件農地委員會の決議は右の小作關係の爭議を解決するための斡旋行爲をしたものと解するのが相當であるが右斡旋は當事者が之に從ふことを勸告する行爲にすぎずして法律上の効果の發生を目的として爲されたものではないから行政行爲の性質を有しないものといはねばならない然らば以上何れの點から云つても本件農地委員會の決議は之を行政上の處分ということはできない然らば行政處分が存在しないのにその取消を求める原告の本訴請求は既に此の點において失當であるといはねばならない。

仍て原告の請求は理由のないものとして之を棄却し訴訟費用の負擔に付て民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。

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